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敬老の日のプレゼントにぬり絵を

18日の月曜は、え、なんで休みなんだっけ?  ほらほら敬老の日だよ! 
最近制作に携わった本の宣伝。
プレゼントに迷ったら色鉛筆と『認知症予防の権威  朝田隆教授の  脳トレぬり絵』YOUCHAN画(大和出版社) 
アマゾン公開画像から。


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山伏として森を歩く [森]

日本海
桜小路

山伏になってみたいと思い、一年が過ぎ、今年3日間の修行を受けることができた。
僧侶の愚弟に、山伏修行に出羽三山に行くよ、とLINEすると、あらあなた死にに行くのね、と言われ、行があけて鶴岡についたと連絡すると、死んで生き返った? とLINEが来た。
全くもってそのような経験だった。

大聖坊、羽黒山伏星野先達の元で受けさせていただいたのだが、先達の姿、動き、言葉は説得力しかなく、行を積んだ者だけが持つ強さを感じた。

羽黒山伏は、出羽三山を歩き、山に祈りを捧げる。山は神でもあり仏でもある。神仏習合、歩いては御神体を前に祝詞と般若心経を詠みあげる。

修行では、即今当初自己。今、今、今に追い込まれる。今への状況判断を繰り返し肉体を駆使する。
月山、湯殿山、山駆けでは、雨に濡れた大小の石が傾斜に連なる山道、羽黒山では2500段の石段、先達のあとを30名ずんずん歩く。踏み出すひと足を間違えれば転げ落ちる。先を見れば気が遠のく。来た道を振り返る余力もない。足元だけに注意を払い、金剛杖と足先に力を込める。みんなが、みんなで歩いている。もうやめるわけにいかず、足を踏み出すしかない。

限界だ、というタイミングで先達の鈴の音が止む。小休止、の声。
疲れ切った脚を休めるとき、ようやく顔を上げ、周りを見渡す余裕が生まれる。風が頬を撫でる。音が聴こえ、匂いを感じる。そのとき、やっと自分がいた場所に気づき圧倒される。

空っぽの頭でポカンと見上げると、森と空が迫ってくる。五感は開ききり、情報がいっせいに等価に注がれる。風に大きく揺れる樹と螺旋を描いて落ちる一枚の葉、滝壺に注がれる水の轟音と遠くで響くキツツキのドラミング、たな引く雲と眼前を横切る蟻。
全体と細部が同時に見えたとき、まるで自分が山の中に溶けて消えていくような感覚に陥る。

修行中は、うけたもう、という言葉以外発してはいけない。みんなで、しかし各々に山をうけたまう。
うけてうけてうけ続けた後に、勝手に内から湧いてくるものがある。ああなるほど、これが山への祈りの始まりなのかなと思った。
山で人は野生に戻る。そして野生にはない、人だからこそのこの感覚に出会う。山を尊ぶ感情が、声を合わせて詠みあげる祝詞と般若心経に繋がる。

知りたいことがたくさんあったのだが、追いつかないくらい色々なことがあった。全身ひどい筋肉痛で、四十肩の激痛を忘れるほどだ。
ただ、やってみたいことはやったほうがいいね。湧いてきたものは、頭でおさえないほうがいい。
おかげで色々と腑に落ちた、3日間だった。

ちなみに、写真の葉っぱは、ムササビの食痕。三山の道道にたくさんたくさん落ちていた。金剛杖をつきながらも葉を見るにつけ、樹洞から顔を出したムササビたちに笑われているような気がして、転ばないようにしなきゃと踏ん張れた。
後で知ったのだが、一説にムササビは天狗のモデルだそうだ。なんだ、ムササビ、山伏だったのか……。

山伏になってみたいと思い、一年が過ぎ、今年3日間の修行を受けることができた。
僧侶の愚弟に、山伏修行に出羽三山に行くよ、とLINEすると、あらあなた死にに行くのね、と言われ、行があけて鶴岡についたと連絡すると、死んで生き返った? とLINEが来た。
全くもってそのような経験だった。
大聖坊、羽黒山伏星野先達の元で受けさせていただいたのだが、先達の姿、動き、言葉は説得力しかなく、行を積んだ者だけが持つ強さを感じた。
羽黒山伏は、出羽三山を歩き、山に祈りを捧げる。山は神でもあり仏でもある。神仏習合、歩いては御神体を前に祝詞と般若心経を詠みあげる。
修行では、即今当初自己。今、今、今に追い込まれる。今への状況判断を繰り返し肉体を駆使する。
月山、湯殿山、山駆けでは、雨に濡れた大小の石が傾斜に連なる山道、羽黒山では2500段の石段、先達のあとを30名ずんずん歩く。踏み出すひと足を間違えれば転げ落ちる。先を見れば気が遠のく。来た道を振り返る余力もない。足元だけに注意を払い、金剛杖と足先に力を込める。みんなが、みんなで歩いている。もうやめるわけにいかず、足を踏み出すしかない。
限界だ、というタイミングで先達の鈴の音が止む。小休止、の声。
疲れ切った脚を休めるとき、ようやく顔を上げ、周りを見渡す余裕が生まれる。風が頬を撫でる。音が聴こえ、匂いを感じる。そのとき、やっと自分がいた場所に気づき圧倒される。
空っぽの頭でポカンと見上げると、森と空が迫ってくる。五感は開ききり、情報がいっせいに等価に注がれる。風に大きく揺れる樹と螺旋を描いて落ちる一枚の葉、滝壺に注がれる水の轟音と遠くで響くキツツキのドラミング、たな引く雲と眼前を横切る蟻。
全体と細部が同時に見えたとき、まるで自分が山の中に溶けて消えていくような感覚に陥る。
修行中は、うけたもう、という言葉以外発してはいけない。みんなで、しかし各々に山をうけたまう。
うけてうけてうけ続けた後に、勝手に内から湧いてくるものがある。ああなるほど、これが山への祈りの始まりなのかなと思った。
山で人は野生に戻る。そして野生にはない、人だからこそのこの感覚に出会う。山を尊ぶ感情が、声を合わせて詠みあげる祝詞と般若心経に繋がる。
知りたいことがたくさんあったのだが、追いつかないくらい色々なことがあった。全身ひどい筋肉痛で、四十肩の激痛を忘れるほどだ。
ただ、やってみたいことはやったほうがいいね。湧いてきたものは、頭でおさえないほうがいい。
おかげで色々と腑に落ちた、3日間だった。
ちなみに、写真の葉っぱは、ムササビの食痕。三山の道道にたくさんたくさん落ちていた。金剛杖をつきながらも葉を見るにつけ、樹洞から顔を出したムササビたちに笑われているような気がして、転ばないようにしなきゃと踏ん張れた。
後で知ったのだが、一説にムササビは天狗のモデルだそうだ。なんだ、ムササビ、山伏だったのか……。
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夏のアオゲラ [森]


7月のアオゲラ。
同じ木に2〜3羽。威嚇し合うわけでもなく、楽しげで賑やか。ゲラって近くを通っだっただけでもギャーって怒り出す印象があったので、不思議に思いつつ写真を撮った。
逆光でよくわからなかったのだけど、明るくしてみるとこのアオゲラ、若々しい!  ポニーテールの優等生の美少女みたいでドギマギしちゃう。なるほど幼鳥だったのか。見上げる先にいるのは、きょうだいなのか、親なのか。
夏の森は、フレッシュフレッシュフレッシュシュッ♪  どこか頼りないのに機敏で好奇心に満ちた若い個体でいっぱい。木々に隠れ、闇に紛れ見えない彼らの気配が、森の夏をつくりだしているんだと思う。


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丹頂鶴の頭はなぜ赤い? [森]

最近、整骨院に通っているのだが、1時間あるのでいろいろな話をする。この前先生が、僕が最近驚いたのは丹頂鶴の頭には毛(羽毛)がないことです、禿げてるんですよー、と。頭頂部は肉瘤で、要は鶏のトサカの短いやつなのだが、そうとは知らずにアップで見るとややグロい。
まあグロいのはいいとして、なんで赤いのかなあ。
赤は血液の色で、興奮するとさらに赤くなる。性成熟してから赤くなるそうだから、繁殖に関係してるんだろうか。でも鶏のトサカはオスが大きくてメスが小さい。丹頂鶴はオスメス同じで外見では見分けがつかない。
じゃあ脳みそを冷やすラジエーターなのかな……丹頂鶴って怒りっぽいのだろうか。
鳥類学者の川上和人先生の本に、アカポッホ、アカガシラカラスバトの頭の色の話が載っていた。アカガシラカラスバトの頭が赤いのは、結果近縁の絶滅した黒い鳩と形態的な差別化に至っていたんだろう、とあった。ズアカアオバトという鳥は、台湾にいるものの頭は赤いのに、沖縄のものは赤くない。これは台湾にはアオバトがいて、沖縄にはいないことが関係している、と。丹頂鶴も他種との間の目印として赤くなったりしたのかしら。ん、鶴の祖先はどんな鳥なのかなあ。気になって仕方ない。
ってな話を、今週の施術の際にしたところ、先生はかなりドン引き。すみません、そんな悩ませるつもりじゃなかったんです、ごめんなさい、と何故か謝られた。
鶴のこと考えていたら、数年前に行ったハノイの動物園のことを思い出した。上野動物園から寄贈された丹頂鶴が2羽いた。ベトナムの人は鳥を愛でるのもたべるのも大好きなようで、街中に愛鳥なのか家禽なのかよくわからない鳥たちがたくさんいた。わお、ハノイの動物園に日本から鶴きてるのか、と感慨深く見ていたら、みんな投げる投げる。スナック菓子を投げまくっていて衝撃的だった。
丹頂鶴は雑食で昆虫、甲殻類、貝類、魚類、鳥類やネズミ、山菜やら木の芽、果実まで幅広いんだって。スナックを上手にキャッチするハノイの丹頂鶴たちは、さすが雑食、土地に順応して食性を広げていたんだなあ。にしても、なんで赤いんだろう。どっかに載ってないかなあ。


最近、整骨院に通っているのだが、1時間あるのでいろいろな話をする。この前先生が、僕が最近驚いたのは丹頂鶴の頭には毛(羽毛)がないことです、禿げてるんですよー、と。頭頂部は肉瘤で、要は鶏のトサカの短いやつなのだが、そうとは知らずにアップで見るとややグロい。
まあグロいのはいいとして、なんで赤いのかなあ。
赤は血液の色で、興奮するとさらに赤くなる。性成熟してから赤くなるそうだから、繁殖に関係してるんだろうか。でも鶏のトサカはオスが大きくてメスが小さい。丹頂鶴はオスメス同じで外見では見分けがつかない。
じゃあ脳みそを冷やすラジエーターなのかな……丹頂鶴って怒りっぽいのだろうか。
鳥類学者の川上和人先生の本に、アカポッホ、アカガシラカラスバトの頭の色の話が載っていた。アカガシラカラスバトの頭が赤いのは、結果近縁の絶滅した黒い鳩と形態的な差別化に至っていたんだろう、とあった。ズアカアオバトという鳥は、台湾にいるものの頭は赤いのに、沖縄のものは赤くない。これは台湾にはアオバトがいて、沖縄にはいないことが関係している、と。丹頂鶴も他種との間の目印として赤くなったりしたのかしら。ん、鶴の祖先はどんな鳥なのかなあ。気になって仕方ない。
ってな話を、今週の施術の際にしたところ、先生はかなりドン引き。すみません、そんな悩ませるつもりじゃなかったんです、ごめんなさい、と何故か謝られた。
鶴のこと考えていたら、数年前に行ったハノイの動物園のことを思い出した。上野動物園から寄贈された丹頂鶴が2羽いた。ベトナムの人は鳥を愛でるのもたべるのも大好きなようで、街中に愛鳥なのか家禽なのかよくわからない鳥たちがたくさんいた。わお、ハノイの動物園に日本から鶴きてるのか、と感慨深く見ていたら、みんな投げる投げる。スナック菓子を投げまくっていて衝撃的だった。
丹頂鶴は雑食で昆虫、甲殻類、貝類、魚類、鳥類やネズミ、山菜やら木の芽、果実まで幅広いんだって。スナックを上手にキャッチするハノイの丹頂鶴たちは、さすが雑食、土地に順応して食性を広げていたんだなあ。にしても、なんで赤いんだろう。どっかに載ってないかなあ。

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犬に求めるもの、猫に求めるもの [飼いネコ]

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犬には、私の言うこと、やること、全部をわかってくれたら嬉しいと思う。
猫には、なぜだかそれがない。
猫をわかりたいとは思えども、
猫に、わかってくれ、なんて求めない不思議。
猫を見ていると、
そんなこと思うなんて、そもそもヒトはおこがましいですよね、はい、って気持ちになる。
ええ下僕ですよ、下僕。


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老猫と床暖 [飼いネコ]

この冬、床暖のきいた広い部屋に、17歳になる猫を放った。
1日目は、ここにいていいのか戸惑っていたが、
床暖にやられたらしく、極楽極楽と言わんばかりにのびのび過ごしている。
眼福眼福。よい2016年のスタート。

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気力>体力 [雑感]

もう何年も前、ノートに、
読んだ本の抜き書きをしていたことがあって、
それが机の奥から出てきたのでめくってみたら、
本ではないけれど、家元談志が、なくなる何年か前、
神奈川かどこかでの独演会で、
ふと話しだしたことをメモっていた。

そこにある「気力」という言葉が、ずしりとくる今日このごろ。
死ぬことが、生きることより近い人間にとって、
「気力」は「体力」以上に、生物を生かす力になる。


人間ってのは「帰属」しなくちゃいられない。
ナニが好き、ナニを信じる、ナニナニ派だって、
何かに属さないと不安でしかたない。
犯罪者がいれば、オカシイといって一斉に叩く。
常識に属せば安心する。
でも、本当はそんなもの何にもない。
落語は、本当は何にもないことを知っている。
落語やっている奴らは知らないだろうが、
落語自体はそれを知っている。
だから落語を信頼している。
落語だけが、
俺の最後の気力の対象になりうるだろうって思うんです。
落語だけが芸術。


余談だけど私は最近、
ここに出てくる落語を、
「自然」のことだと感じている。
それは「阿弥陀」のもつ本来の意味と、
多分、同じだろうと思っているんだけどさ。
084 グリーン 0814
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妖艶なオオゲジの心はどこに [その他の生き物]

森の友人のひとりが、
ムカデやヤスデについて勉強していて、
脱皮直後のムカデの頭部を写真を見せてくれた。

ムカデは脱皮の後に、脱皮殻を食べるのだという。
節足動物はみんなそうなのか知りたかった。

ボトルで飼っているヌマエビたちは、
自分の脱皮殻を自分で食べている。

検索してみるとムカデやヤスデ、ザリガニ、ダンゴムシなど、
脱皮殻を食べてしまうそうだ。
ザリガニついては研究が進んでいるようで、いろいろな文献が出てきた。
IMG_2353
ザリガニは脱皮するときに、
胃の中にカルシウム玉のような胃石をつくる。
体内のカルシウムをここに集めることで、
殻を脱ぎやすくするのだ。
脱皮後にはこの胃石が溶ける。
それで脱いだばかりのやわらかい殻が硬くなる。
そして、胃石の補助的に
脱皮殻を食べてカルシウムを増強するのだ、と。

ザリガニ本人がそれを自覚しているとは考えにくいので、
目の前にあるものを食べたものが、生き残る率が高くなっただけだろう、
というのが、森の仲間たちの見解だ。

そんな話をしているときに、
オオゲジの脱皮に遭遇したその友人が、
トンネルの天井にiPhoneを掲げながら、
30分以上それを実況中継してくれた。

もともと節足動物、なかでもムカデやゲジのたぐいは
苦手だったのだが、脱ぎたての殻のコバルトブルーの輝き、
細い脚1本1本の抜け殻の美しさ、
そして脱いだあとに
その脚をていねいにていねいになめとる姿にうっとりした。
神秘だと思った。

彼らの脳の話になり、脳はどこにあるのだろう、と。
脊椎動物は脳がひとつに集中している。
しかし節足動物は「はしご状神経」という神経回路を持ち、
体節ごとに神経系を形成する。
いわば偏在する脳。

そういえば、と思い出したのがこの本だった。


ダンゴムシに心はあるのか (PHPサイエンス・ワールド新書)

ダンゴムシに心はあるのか (PHPサイエンス・ワールド新書)

  • 作者: 森山 徹
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2011/03/19
  • メディア: 新書


以前買って、積ん読していたものだった。
はてさて、節足動物に心はあるのだろうか?
オオゲジが脚を舐める妖艶な姿に、
心を感じずにはいられないのだが。
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樹木の1年 [photo雑記]

森を歩いていると、
最終的に樹木のことがわからないとダメなんじゃないか、
と感じるようになって、
先日、木肌の図鑑と葉の図鑑を買った。
木肌を見て、葉を持ち帰り、調べているのだが、
それでも識別するのは難しく、
たどり着いても、名前を覚えることができない。
好きな珍獣の名前ならすぐに頭に入っても、
もともとインプットされづらい分野なのか、
てんでダメだ。

毎日通る道にたつ樹。
それには名前があるのに、認識することなく眺めている。
それが何であるかを、
その樹木が主張していることに、
私はほとんど気づけないでいる。

そんなコンプレックスもあったからなのか、
去年私は1年かけて、
ある樹木の写真を同じ角度から
ほぼ毎日撮り続けた。
誰に頼まれたわけでもないのだが、
晴れの日も雨の日も雪の日も。

20140502


20150130  雪

ただこれだけでなんの木だがわかるだろうか?

こんな時間がほぼ1年を占めている。
ただの木、としか思われない時間。

でも、冬が終わると、豹変する。
1年前とまったく同じ日に、
今年も突然、別人の顔に変わった。



50年後もこの木はこんな1年を過ごすのだろうか。
そもそもこの木は、いつからここにあるのだろうか。

樹木の1年は、私の何日に相当するのだろう。

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オオルリ [森]

森。
木の葉がしげり、鳥達の声はすれども姿は見えず。
5月ぐらいからずっとそんな調子だったのだが、
先日、きれいな声の主を撮影することができた。


黒いジャケットを着たような鳥だなと思ったら、
黒ではなく、瑠璃色。
オオルリだった。
隣の枝には、メスもいた。

東京の西の奥。
生き物の密度が濃く、
その場所に立てば、蠢きや気配を感じられる。
アレが見たい、コレが見たい、撮り逃したら悔しい。
そう思っていたのだけど、
この日、突然その気持ちが消えた。
なんだか姿なんて見えなくてもいいかも。
見えたらそりゃいいのだけど、
気配だけで、水が染み込むように満ちる。
こんなふうに、声が降ってくる。
いい気持ち。

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